栗原: | 1978 年ヘルシンキの国際数学者会議における A.Weil の講演では、 「何故、数学史か?」という質問に対し、この質問を「何故、数学か?」 という質問に帰着した上で、後者の問いは答える必要のない自明な問い である、として講演を終わっています(アンドレ・ヴェイユ「数論、 歴史からのアプローチ」の付録に邦訳あり)。 しかしながら、現代はこの質問に対し、数学をやっている人たちは 答えなければならない時代になっているように思います。皆さんは何故、 数学をやる気になったのでしょうか。そこのところを肩がこらない 程度に話してもらいたいのですが。 |
A: | マジで答えないと、まずいっすか? |
B: | コラムなんだから、何となくでもかっこつけたら? |
A: | 数学以外では、権威だけで、えばっている人たちがいそう。数学は真偽がはっきりしていて、誰かのカバンもちをしないと偉くなれない、ということはなさそう。 |
C: | 高校のとき、ひとつだけ公式覚えたら、それで何問でも問題解けて、数学は楽っぽい。 |
B: | 何だか、さえない話ばかりな気がするけど。もうちょっと数学を愛している、とか熱い思い、とか誰か言ってよ。 |
D: | それにしても、数理棟ってどうしてこんなに暗いの?数学が暗いから? |
E: | 確かに数学って暗いかも。彼女に数学やってる、って言えないから、コンピューターやってる、って言うつもり。 |
F: | おまえ彼女いないだろ。彼女って誰?そんなこと言ってるから彼女もできないんじゃないの。 |
B: | コラムの趣旨と大分ずれてるんだけど。 |
D: | 趣旨とは、ずれていても、数理棟が暗いのはやっぱりよくないよ。理工学部の中でもこれは特殊だよ。 |
F: | おまえ、きれた蛍光灯でもつけ直したら? |
栗原: | わかりました。数理棟が暗い話は別の機会にコラムで取り上げましょう。今日は何故数学を選んだかを聞かせて下さい。 |
A: | 自分は凝り性だし、数学が性にあっていた、と思う。たぶん。 |
B: | 3 年生のとき、S 君が演習問題を解いているのを見て、数学って自然科学だと思った。数学的自然の世界を散策したい。 |
F: | S なんて奴いたっけ?言ってること、よくわかんないんですけど。 |
C: | 数学って何かやぼったいけど、カッコいい所もあって、正体不明。大学でもっと数学を教えてほしかったけどあまり教えてもらってない気がして、それでもっと勉強したくて数理に来た。 |
G: | 俺は何か数理の先生たちって俺たちのこと馬鹿にしてる、と思う。簡単なことばっかりやってて。難しくても大事なこと教えろ!馬鹿にするな! |
(沈黙あり) | |
A: | しばらくここから会話が続きませんでした。内輪ですが、先を読みたい、という方もいるようですので、僕が続けます。G 君、優等生のふりをするのはやめて下さい。それ以上言うと、きみの代数学第一の試験の得点をばらします。 |
F: | 突然、かしこまるなよ。 |
G: | 試験の点は関係ないだろ。俺が言いたいのは、簡単なことでも難しいことでも、どうせできないんだから、難しいことやりたくないかよ。 |
F: | キミは基本ということをどう考えてるの? |
G: | 俺はさあ、Grothendieck topology とかさ、topos とかさ、crystalline 何とかとかさ、そんなのやりたいのよ。だってもう大学生だろ。いつまでも子供みたいなことやってたくないんだよ。環の定義だけ知ってればできるような問題ができることが数学ができることか?代数学第一が何だい。そんなもん**くらえ。 |
A: | それならさあ、栗原研においでよ。少しは近いことができるような気がするんだけど。 |
G: | いやだよ。俺はさあ、孤独も愛するんだよ。数学ってものは孤独でするもんだよ。Galois を見ろよ。Gauss だってそうだろ。それに、新しく来た先生のことなんかよく知らないよ。 |
B: | このコラムは「何故数学か」じゃなかったっけ? |
G: | だからさあ、もうそんなつまんない質問すんのやめろよ。やりたいからやりたいに決まってるだろ。他に理由がいるのか?おまえ、**にどうしてギターやってんですかって聞いてみろよ。ロックをなめるな、とか言われて張り倒されるよ。 |
B: | G がロックを聴くとは知らなかったよ。 |
F: | G とか B とか音楽の才能のないやつが音楽の話でこのコラムを汚さないでほしい。きみたちに、Beethoven の最晩年の作品の意味がわかるか? |
A: | この話もやめようよ。 |
H: | うちもただ好きだからここに来ちゃっただけで、それ以上の説明を求められてもちょっと困る。 |
I: | 私はそんなことに答えたくないかな。だって純粋に private でしょ。 |
H: | それより、このまえの月曜の飲み会は激しかったね。経済の T 先生に栗原研に入ったらお酒を飲めないとやっていけない、と言われたけど、ほんとに実感。 |
I: | 私は飲めないけど、どうしよう。 |
H: | でも楽しそうだよね。 |
A: | この話もやめようよ。 |
D: | おまえが一番激しく飲んでただろ。帰れたのかよ。 |
A: | 何言ってんだ、俺のほうが先に帰っただろうが。おまえたちはあのあとカラオケに行ったんだろ。 |
B: | もうやめようよ。 |
A: | これだと俺たちの研究室って、ただの酔っ払い集団に思われるぞ。それに、こんなこと書き込んでもどうせ消されるぞ。 |
B: | 俺が言いたかったことは、数学は自然科学だ、ということだよ。数学は数学的自然の世界を研究してるんだよ。だから自由じゃないか。それが好きかな。だから数学かもしれない。 |
A: | 確かに1年生のとき、東工大の K 先生が来て、ゼータの住む惑星の話を聞いたけど、あれが数学的自然の世界なのか? |
D: | 放送大学でもやってた。ゼータの住む島だったかもしれないけど、模型も出てきてた。勉強すると、あんなものが見えるようになるのか? |
C: | 以前 K 先生の書いたものを読んだけど、葉緑素と対応するゼータがあったり、数論と生物学がつながっているらしい。 |
I: | 私もときどき、かわいい素イデアルに出会うと、いい子って思っちゃう。 |
F: | 完全に意味不明だ。 |
J: | みんな集まって何やってんの。私は子供の頃から数学が好きよ。こういうことをさらっと言えるところが数理のいいところかも。 |
D: | 確かに普通なら、数学なんて嫌いって話題で盛り上がるのに。俺たちの話題って、普通じゃないかも。 |
J: | それに、数理の人達って素直な人多いし。つきまとわれたりもしないし、暮らしやすくはあるわね。 |
D: | ストーカーがいないってこと? |
J: | 魅力的な人もいないけどね。 |
H: | それはあんまりな。これだけのよい男たちを前にして。I さんはどう?素イデアルと僕たちと、どっちが魅力的? |
I: | えっ!そんなこと言われたって...素イデアルは素イデアルだし...H 君たちの集合には環の構造は入っているの? |
H: | もういいよ。 |
A: | わかった、いずれにせよ数学は楽しい、ということかもしれない。 |
F: | そんな安易なまとめ方、俺は納得しないね。 |
F: | (再びしばしの沈黙あり) |
A: | ここに集まっているのは、みんな代数好きみたいだけど、どうしてだろう。やっぱ代数かな? |
D: | 解析はまったりしてるし、幾何は初等幾何はよかったけど、多様体とかは直感がないと駄目みたいで、そこへいくと代数はさっくりしていて好き。 |
F: | さっくりとか、まったりとか数学的でないな。 |
B: | 代数は概念を作っていける。それでいて整数論は対象がはっきりしてる。まさに絶妙のバランスだ。 |
J: | ハードな解析より y^{2}+2=x^{3} の自然数解は (x,y)=(3,5) だけ、とかいう方が女の子のハートにグッとくるわね。 |
F: | 意味不明。 |
A: | F のバカ、これがわからんと女性にはもてないよ。 |
H: | そうだ、そうだ、y^{2}+2=x^{3} だよね、A ちゃん? |
A: | そうだよ、これからは y^{2}+2=x^{3} だよ(大笑い)。 |
I: | 何言ってんの、これからなんて。それは Fermat の結果じゃないの、そんな古い結果を。 |
D: | じゃ I さんは、楕円曲線には未来はないと? |
I: | そんなこと言うつもりないわ。でも今の結果って Z[√-2] が単項イデアル整域っていうことの方が本質的に使われているんじゃない? |
D: | イデアル好きの女の子って本当にいるんだね。 |
A: | そうさ、I さんは一年生のときから Z[√-2] と友達なんだ。 |
C: | 何だか話が整数論ぽいけど、無限が出てこない数学なんて数学じゃないよ。収束がでなきゃ数学って気がしない。 |
A: | それでどうして C は解析じゃなくて代数なんだ。どうして? |
C: | ゼータ関数ってどうして代数なんだ? |
B: | この話はきっともう収束しないよ。 |
(長い沈黙の後) | |
A: | ずっと更新しなかったから、そろそろ何か書け、と先生から言われてるんだけど。 |
B: | もう誰もこんなコラム読んでないと思うよ。 |
F: | T 大のA.S.先生も読んでたって聞いたけど。 |
A: | 誰に読まれたってどうでもいいよ。オレたちのは2ちゃんよりずっとまとも。それより今日もカラオケ行かね? |
H: | 昨日はAちゃんすごかったからね。マジ盛り上がったよ、一年生みたいなノリで。それからOさんがあんなに飲むようになるとは。4月とはえらい違い。 |
C: | おまえら、うちわの話しかできないの?「なぜカラオケか」とかいうのにつきあってられないんだよ。 |
B: | でも次は生演奏で歌いたい。Hはやっぱりプロだね、プロ。うますぎ。ハーモニーに泣いた。 |
H: | 何だかうちら書くことないね。ちょっと書き込みたいとしたら、素数の歌くらいかな。何故、数学かって「とんからり」じゃないの?半年勉強して少し賢く「ちんからり」したかもしれない。うん、きっとそう。何か、気分は「ぽんぽろり」。 |
D: | じゃあ、もうオレ帰るよ。明日のセミナーの準備もあるし。 |
A: | 何言ってんだよ、お前、またかよ!(爆笑) |
C: | だから内輪のネタはやめろ。 |
I: | 先生に言ってテーマ変えてもらお。このテーマ少し疲れてきちゃった。 |
B: | でももうすぐ卒業だよな。大学生活も考えてみればあとわずか。メランコになりますなあ。考えてみれば、ここでの生活は居心地はよかった。慶應の一年生の人、数学は楽しいですよお...居心地もいいですよお..... |